ワーママとのび太の中学受験~仕事のこと、子育てのこと

ワーママとのび太の中学受験。母、発狂寸前!のび太の本気スイッチはいつ入るのか!

ワーママだって輝きたい

一重まぶたの地味な顔立ちから、物心ついたときから玉の輿は諦めていた。いや、無謀にも玉の輿を狙ったこともあるが、天性のサゲマンゆえ、お相手の会社が倒産するなど不発に終わることが多かった。

 

そんな私にも少しの間、キラキラ輝いてた時期がある。

アメリカのクソ田舎の大学を卒業後、父親のコネで大きな総合商社に入社した時だ。当時、商社の女子社員は縁故入社が当たり前で、まわりは取引先の重役のお嬢様達ばかりだった。

男性社員はピッカピカの一流大学を卒業した選りすぐり。女友達にはずいぶん羨ましがられたものだ。同期の商社マンとの合コンセットの申し込みも絶えなかった。

当然私も商社マンの妻の座を狙っていた...ら、人生が全く違っただろうが、粗チ○のくせに女好き、おまけに低学歴というルックス以外なんの取り柄もない男に夢中になっていた。結局退職するまで、商社マンとは付き合えず仕舞いだったが、入社から退職するまでの2年半はとにかく楽しかった。序列社会、競争社会の上の層に君臨してきたみんなとの毎日は自分のグレードまでググーンとアップした気分だった。

 

その後、私生活ですったもんだあり、外資系IT企業に転職した。ITバブルの真っ只中とはいえ、その時代にIT企業にいたのは大企業のIT子会社からの転職者ばかりで、かなり地味...キラキラとは程遠かった。それでもいつしかそのメンバーと過ごす時間のほうが快適になり、もう20年近くこの業界にいる。

 

アメリカのクソ田舎で人種差別を受けながら送った留学時代を思えば、幸せといえるだろう。でもここに来て

「もう一度キラキラしたい。」

そう思うようになってきた。キラキラな人達に交わり、キラキラ気分を味わうのではなく、自分自身が本当にやりがいがあると思える仕事をしてみたい。

40代半ば過ぎでなに言っちゃってんの?って自分でも思う。親しい友達にも打ち明けたが、おかしな宗教にでもはまったかのような反応で、その話題になると具体的なことには一切触れてこない。気でも狂ったと思われているのだろう。そうでなければ、勘違い甚だしいと思われているのか、、、とにかくそんな反応だ。

 

それでも私は思う。定年なんて会社に決められず、自分がやりがいをもって出来る仕事を一生涯続けていきたい。そしてそこで一緒に仕事をする仲間にも自分の無限の可能性にワクワクして欲しいと、心からそう思うのです☺


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